杉谷遼 活動ブログ:世界をより良い場所にするために

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夢のために4人の僕をどう扱うか

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(カンボジア・スラム街:育児をしながら賭けトランプを楽しむお母さんたち)

 

こんにちは。杉谷遼です。

前回はスラム街での調査から学んだ「人々の強さ」について書きましたが、今回は再び僕の考えていることシリーズということで、人って多面性を持っていてそれを上手くマネージして生きているのではないかという話について書いていこうと思います。

 

目次

1)僕ってどんな人間なのか

2)人の4面性モデルと経営

3)自己分析のために考えるべきこと

 

1)僕ってどんな人間なのか

今回、この記事を書こうと思ったきっかけは何のことはなく、僕が朝起きるのにめっぽう弱いなと改めて感じたことでした。正直、朝しっかりと起きて、活動をすることは自分の生産性にもつながりますし、この生産性はさらに言えば僕の成し遂げたい夢にも関わってきます。しかしながら、朝もう30分だけ眠ってしまいたくなる。それはなぜなのだろうかと考え始めたことが今回の記事の出発点です。(若干言い訳がましい気もするのですが、少なくとも自分にはかなりしっくりくる考え方だったため記事にしました。)

 

自分は日々生活する中でただ1人のじぶんであるのか怪しく感じることが多々あります。例えば、朝起きれないこともしかり、理性的に考えれば断るべき飲み会にもその一時的な楽しさを求めて参加してしまったり、普段は募金をするくらいならば自分の活動に使いたいと考えているにも関わらず、深く考えもせずぽっとある団体に募金をしてしまったり、誰にでも等しく接したいと考えているにも関わらず、打算的にある個人や団体に思い入れを持って接してしまったり。それと同時にそのような行為を諌める自分、後悔する自分がいます。

これは僕1人という一貫性を持った個人では、選択し得ないことであり、なぜこのような選択をしてしまうのか不思議で仕方なくなりました。

 

2)人の4面性モデルと経営

この疑問と、物事の本質を欲に基づいて考えるという以前紹介した考え方を組み合わせて、人の4面性モデルというモデルを考えてみました。

※「欲から物事の本質を考える」に関して詳細は以下の記事をご覧ください。

https://ryohsugitani.hatenablog.com/entry/2019/08/10/193730

 

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少しモデルの説明をします。横軸にはどれほど理性的か、思慮深いかをとり、縦軸には他者を思うか自己を思うかを取りました。その上で4つの領域を以下のように名付けました。

・自己を犠牲にする聖人

→利他的かつ十分な思考を持った部分です。理想の社会、世界のためには何をしたらいいのか、利他な理想状態に対して、自己を律して目的を達成しようとする人々です。簡単な言葉を使えば、他者のために自分を犠牲にする優しさと優秀さを兼ね備えた人です。

・打算的なビジネスマン

→利己的かつ十分な思考を持った部分です。自己の利益を最大化するためにはどのような手段を取れば良いかを考え、他者への配慮は2の次で、自己の利益の方が大切という人々です。簡単な言葉を使えば、自分の利益を追求する優秀な人といった感じでしょうか。

・思慮の足りないフォロワー

→利他的かつ自らでは考えようとしない部分です。自己の利益よりも他者の利益と考えていますが、自分で物事を起こすような理性的な形ではなく、利他的な実行者についていこうと考える人々です。他者のためになることいいよねと軽いノリで考えている人と言えるかもしれません。

・自堕落な悪魔

→利己的かつ深く考えない部分です。自己の都合を深く考えずに優先させていく人々ですが、彼らに任せることで本当に自分のやりたいことへと向かっていく、新たな発見をする可能性もあると考えています。

 

以上のような4面を僕たちは誰もが持っていると考えています。漫画や映画でよく天使と悪魔が言い争いをしているシーンがありますが、それはこのモデルでいう聖人と悪魔の争いだと考えています。それに利他、利己という軸を加えることでもう少し細分化してみたのがこのモデルになります。

このような4面を僕たちは持っていながら、1人の個人として行動、決断を下さなければなりません。これはまさに4人の社員を抱えた経営に似ていると感じています。どこに組織の軸を添えるのか、そしてこの4人のリソースをどのように配分して目的達成へと向かっていくのか、そんなことが人生では求められているように感じています。

 

3)自己分析のために考えること

このモデルから自己分析について考えてみましょう。自分がこのモデルに沿って考えた手順を説明します。

①まず大切なのは自らの人生のミッションがどの領域にあるかということです。多くの人が聖人、ビジネスマンの部分にあるかと思いますが、決してフォロワーや悪魔が悪いというわけではありません。人それぞれの生き方があり、そのためにどのように自分をコントロールするかということが本記事の目的だからです。

②どの領域にあるかを決めたのち、その領域内での位置を考えましょう。例えばビジネスマンであるならば、横軸と縦軸からどれほど離れている位置でしょうか。横軸から離れているのであれば他者<自己という傾向が強く、縦軸から離れていればより思慮深く、理性的なものを好む傾向ということになります。その場所に点を打ってみましょう。

③次にその点に対して他の3領域からどのような貢献が出来るか考えてみます。各領域からの矢印が長いほど貢献度合いは薄くなります。例えばビジネスマンで横軸から非常に離れている人は聖人領域からの貢献は少ない(利他的である必要がないため)と考えられます。

 

以上のように各領域の貢献までを考えられると、今まで矛盾していると感じていた行動が繋がってきます。僕の場合、朝起きれないという自堕落な悪魔的行動は、聖人としての利他性、理性に対して破壊的で、自分って本当にそれやりたかったんだっけ?と問いかけることで新たな視点や考え方を獲得するチャンスの時間だと捉えられるようになりました。確かに朝起きれないことを悔やみ、なぜかと考えていたところ本当にやりたいこと、やるべきことからずれていたということが何回かありました。これによって自分自身にとってより良い活動とは何かを考えるきっかけが得られ、新たな考え方に至ったとすると悪魔は非常に重要な役割をしたことになります。

このように、自分の多面性を認めた上で、日々の行動に意味付け、コントロールをする事でこのモデルは自己分析のためのツールになりそうだなと感じたので、記事にしました。

自分の道に迷われている方、僕と同じような悩みを持たれている方は是非試してみてください。

 

今回も記事を読んでいただきありがとうございました。

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