杉谷遼 活動ブログ:世界をより良い場所にするために

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決定論と確率論-複雑性に弱い僕らのアップデート-

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こんにちは。杉谷遼です。

また記事の更新に時間がかかってしまいましたが、2020年の学びの自分自身の学びの集大成として、この連続記事は書ききりたいと思っていますので、温かく見守っていただければと思います。

さて、前回はこの世界の問題の「複雑性」に着目をして、この複雑性を形作っている変数と条件、そして対処方法としての分断と統合について書きました。
世界的な潮流は「分断」へと進んでいますが、何とかして「統合」へと歩みを進めなければならないというのが前回お伝えしたことです。

まだご覧になっていない方は以下よりご覧ください。

ryohsugitani.hatenablog.com

 

今回は、この統合に進んでいくために、複雑性に対していかに対応できるようになるかという部分に話を進めていけたらと思います。

 

目次

1)分断という悪魔のささやき

2)複雑性に強くなるためには

3)決定論と確率論

4)確率論のOSをインストールしよう

 

 

1)分断という悪魔のささやき

まず初めに前回とも少し被る部分がありますが、なぜ今この世界は分断へと進んでいるのかについて少し違った角度から説明をしていきたいと思います。

前回書かせていただいたのは課題を解く時点での要因です。複雑な課題を、変数と条件の関係から、簡単に解くことの出来る部分と困難な部分に「分断」をすることで課題が解決できたように見せることが出来るというのが1つの理由でした。

 

今回、注目したいのは、逆になぜ「分断」をしてまでも課題を解く必要があるのか?という部分です。これには大きな社会情勢の流れが関係していると考えています。

現代はヒト・モノ・カネ・情報の移動のスピードは圧倒的なスピードで向上し、本当に多くの数の「変数」を同時に扱わなければならない状況になっています。

そのような環境下で、どこか今までのようにはいかない「停滞感」が生まれているのが今の全世界的な情勢だと思います。経済成長が止まり、徐々に新興国に抜かれていく日本はもちろんのこと、経済成長が続いているアメリカですら、その経済成長は一部のメガ企業の成長であり、国民全体の中には停滞感があるはずです。

 

僕はこの停滞感こそが実は分断という悪魔のささやきだと考えています。

かつて世界を席巻した日本企業は市場の変化に対応しきれず、衰退していっています。そのような上手くいかなさ、もどかしさによって生まれる、何とかしなければならないという気持ちこそが安易な課題解決へと走る大きな理由です。

そうやって安易な課題解決に走った先には、必ず「分断」という手法が待っています。複雑で難しい、そして課題が解決されていると実感できるまでに時間がかかる統合は選ばれるはずがないのです。

 

つまり、現在の大きな社会情勢の流れ=「分断」への流れは複雑性の中で生まれる停滞感が1つの原因であると考えています。この停滞感に対処しない限り、僕たちは永遠に分断という悪魔のささやきから逃れられないのです。

 

2)複雑性に強くなるためには

だからこそ、まず分断へと進むこの流れを止めるためには停滞感を生まないように複雑性に強くなることが必須であるということです。

複雑性に強くなるためにもまずは、現代の僕たちの複雑性への弱さはどこから来ているのか考えていきましょう。

 

複雑性が増していく中で、今までと大きく異なっていく部分は「変化」と「スピード」だと考えています。様々な要素が絡み合うシステムでは、常に変化が発生し、刻一刻とその形は変わっていきます。複雑性の高くない世界では、変化も少なく、対応するスピードも求められませんが、複雑性が高くなるとその変化は常に発生し、対応にもスピードが求められてきます。

このような「変化」と「スピード」に僕たちはついていけていないのではないでしょうか?社員の考えたアイディアを課長が承認をして、部長が承認をして、役員が承認をして、、、と意思決定をしていく企業の意思決定プロセスしかり、時間をかけても正解を導くのが良いことだとされてきた日本教育の中で育ってきた僕たちは、この「変化」と「スピード」にとても弱くなっていると感じています。

 

だからこそ、複雑性が増していく世界の中で、上手くいかないという停滞感を感じ、結果分断の道へと歩みを進めてしまっているように感じます。

この「変化」と「スピード」に強くなる、つまりは複雑性に強くなるために、僕たちはどのようなアップデートをしていかなければならないのでしょうか。

 

3)決定論と確率論

アップデートしていくべき内容を説明する前に、2つの概念を紹介したいと思います。この記事のタイトルにもなっていますが、決定論」と「確率論」です。

※個人的な見解が含まれている定義になっています。学術論文などでは異なる定義でこれらの言葉を用いることがありますので、注意してください。

 

決定論」とは簡潔に言ってしまえば、いかなる現象も因果の関係によって紐づいているという論で、Aが起きればBが起き、結果的にCが起きるというような直線的なプロセスに基づいている考え方です。

例えば、理論的な裏付けの基、このようなデザインをすれば商品が売れるはずだという意思決定をして商品を販売するというのは決定論的な考え方です。デザインという要因によって売れるという結果が直線的に結びついているからです。

このような決定論的な考え方では、プロセスである因果関係が非常に重要視されます。なぜ売れるようになるのか、なぜこのデザインがウケるのかなど、様々な因果関係を基に意思決定の確からしさを決めるためです。

 

「確率論」とは、簡単に言ってしまえば、いかなる現象も確率的に発生しているもので、因果関係に強く縛られていないという論です。結果的にAが起きたということが重要で、その間にどのような因果があったかなどはひとまず置いておくという考え方です。

例えば、先ほどの商品デザインの話でいくと、理論的な裏付けはちゃんとされてはいないが、面白そうなデザインの商品を3つ開発して、それをまずは売ってみて反応を見てから売れた商品を追加生産しようというような意思決定が確率論的な考え方です。なぜ売れるのかという因果関係は置いておいて、売れたという結果に従っているからです。

このように確率論的な考え方では、プロセスではなくアウトプットを重要視します。よく理由はわからないけど、売れたという結果を第一に考えて意思決定の確からしさを決めているからです。

 

4)確率論のOSをインストールしよう

さて、ここまで「決定論」と「確率論」の紹介をしてきましたが、どちらが絶対的に正義というものではありません。しかし、多くの場合、日本の教育などを見てみても「決定論」の考え方が非常に強いというのが現状だと考えています。

 

何事もそこに至るまでのプロセスを大事にし、正しいプロセスを踏めば正しい答えが出るということを繰り返し教え込まれます。これはこれで重要なのですが、決定論的な考え方の大きな弱点は、時間がかかるということです。

因果関係を裏付ける理論は一朝一夕では出来上がりませんし、意思決定までの全てのプロセスに因果関係をつけていくので、かなり時間がかかります。つまり考え始めてから答えを出すまでに大変な時間がかかるということです。

 

これが実は先ほど説明した、複雑性が増していく中での停滞感に結びついています。決定論的な考え方でプロセスを丁寧に作り上げ、意思決定をしても、プロセスを作り始めてから意思決定をするまでに、状況がどんどんと変化してしまうため、正しいプロセスをたどった意思決定なのに上手くいかないということが増えてきているのが停滞感の正体だったのです。

 

そのため、具体的に僕たちがアップデートしなければならないのは「確率論」というOS(WindowsなどのPCの基幹のこと)をインストールすることです。

確率論的な考え方はつまり、早くアウトプットを出して答え合わせをするということです。例えるなら60分の数学の試験でじっくり考えて最後に答えを出すというのが決定論だとすると、確率論では先生にひたすらそれらしい答えを60分間答え続け、○×を直ぐに判定というのを繰り返し、最終的に答えを見つけるというようなイメージです。

学校教育では絶対にやってはいけない行為のような気がしますが、そう感じることが既に僕たちのOSが決定論的な考え方になっている証拠です。

 

このように何度も答え合わせをして答えに近付く確率論は変化が激しく、素早い対応が求められる環境下ではとても威力を発揮します。

状況が変化し、昨日まで正解だったAがBになったとしても、答え合わせを繰り返している中で、Bになったということが良くわかります。決定論ではAという答えを出す間に正解がCになっているかもしれませんが、確率論的な考え方はA→B→Cと変遷していくのに対応していけます。

このように複雑性が増している環境下では、決定論から確率論的な考え方にシフトしていくことで、複雑性に強くなっていけるのです。

 

しかし、決定論的な考え方が染みついた僕たちが、急に確率論的な考え方をするのは難しいと思います。そこで確率論を少しずつでもインストールできる3つの考え方を紹介して、今回の記事を終えようと思います。

・失敗の数が価値
→確率論的な考え方では、正解にたどり着くために多くの犠牲が伴います。つまり失敗しまくるということです。決定論的な考え方が染みついていると、失敗は悪のように感じられますが、確率論的な考え方では、失敗こそ価値であり、失敗の数が成功に近付くためのカギです。

 

・アウトプットまでのスピードが大事
→プロセスよりもアウトプットが大事なので、このアウトプットがいかに早く出せるかが重要です。意志決定、商品、政策など様々なアウトプットがありますが、プロセスにこだわるのではなく、とりあえずアウトプットとして出すという姿勢が重要です。

 

・過去の栄光を壊す勇気
→確率論的な考え方は時に残酷です。環境が変化すれば正解が変わるため、今まで上手くいっていたものも環境が変われば捨てる勇気が必要です。だからこそ、過去の栄光ではなく、今目の前の失敗に価値を置いてトライを繰り返し続けるというのが重要になってきます。

 

以上3点になりますが、いかがだったでしょうか。社会人の方であれば、上司に言われたことがある内容かもしれませんが、社会全体を見渡しても出来ている人が少ないからこそ、この社会全体の停滞感が生まれているので、より多くの人がこの確率論のOSをインストールしていってもらえるきっかけになったら嬉しいです。

 

今回はそもそも分断という安易な解決策に飛びつく理由として、今の社会情勢全体の停滞感を挙げ、その原因が複雑な環境下で激しくなる変化と対応のスピードに、決定論的な考え方の僕たちがついていけていないということを指摘しました。その上で、今後統合に向けて安易な分断に向かわないためにも、確率論のOSをインストールして複雑性に強くなっていくことが重要ということを述べました。

 

次回は連続記事の最終回として、確率論のOSをインストールした上で、統合に向かう社会全体として学びを深めていかなければならないことについて書いていきます。

 

今回も記事を読んでいただき、ありがとうございました。

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